2026.05.20

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タイ進出という名の「物見遊山」、そろそろ変えて行きませんか?

~ 日本のテック企業が、17兆円の母体を持ちながらASEANで苦戦している理由を考えてみた

最初に、みなさんに質問をさせてください。
以下のうち、1つでも「ウチのことかも」と思うものはありますか?

□ タイ向けのマーケティング予算が無い(少ない)

□ タイ語の営業資料・Webサイトが、まだ無い

□ 顧客の大半が、現地の日系企業

□ タイ市場のマーケ責任者が、社内にいない

□ プロダクトが、ほぼ日本仕様のまま

1つでもあったら、ぜひ、この記事を読んでいただきたいと思います。

日本のIT技術は高いし、タイは親日的でもある。だから良い製品を持っていけば、きっと受け入れてもらえるはず

もしかして、そんなふうに考えていませんか?

気持ちはすごくよくわかります。でも、現場で見ていると、その前提が少しずつズレてきているなと感じることが増えてきました。

いま、タイのデジタル経済は年間10%を超えるペースで成長していて、2025年には560億ドル規模になろうとしています。これだけ大きなうねりの中で、かつて「技術大国」と呼ばれた日本の存在感が、正直なところ、かなり薄くなってきているんです。

現場で気になっているのは、日本企業が陥りやすい以下の「3つのズレ」です。

  1. 「投資」しに来ているのか、「遠足」に来ているのか

タイでは、現地の行政機関が日本企業のPRをとても手厚く支援してくれています。展示会の「ジャパン・パビリオン」に無料で出展して、カタログを配る。それ自体は、もちろん悪いことではありません。

ただ、日本で数百億・数千億の売上を誇る企業が、いつまでも「無料の枠」を頼みにしている姿を見ると、少し気になってしまうんですよね。

欧米のテック企業は、市場に入るとき、数千万〜数億円規模のマーケティング予算を自ら投じて、地道に市場を耕しています。現地の行政機関が用意してくれたピクニックバスケットを持って遠足気分でやってくる企業と、自ら道を切り拓いてくる企業。タイの財閥やトップ企業がどちらをパートナーに選ぶかは、なんとなく想像がつくと思います。

  1. その製品、「日系村」専用のOSになっていませんか?

日本のIT製品の多くは、日本特有の商習慣(複雑な承認フロー、ハンコ、FAX文化など)に合わせて磨き上げられています。これを私たちは「日本専用OS」と呼んでいます。

一方、タイのデジタル化は「リープフロッグ(一足飛び)」型です。PCをすっ飛ばしてスマホが当たり前になっていて、「理屈よりも直感で動くか」「すぐに役に立つか」が何より重視されます。

「日本でシェアNo.1だから」という理由は、タイのユーザーにはあまり響きません。それどころか、日系企業ばかりを相手に営業している姿勢は、タイのローカル市場という「大海」には目を向けず、小さな「池」の中で安心しているように映ってしまうこともあります。

  1. 「受託の成功体験」が、プロダクトの可能性を狭めていないか

日本のIT産業を長く支えてきたのは、「人月単価」の受託開発モデルです。確実に利益が出るこのやり方は、海外進出においては、少しブレーキになってしまうことがあります。

受託マインドのまま進出すると、「まず1社、現地に合わせてカスタマイズして」という方向に流れがちです。でもその間に、グローバルなSaaSが大きなマーケティング投資で市場の「デファクトスタンダード」を静かに塗り替えていきます。

いまのタイで求められているのは、慎重な事業採算(PL)だけではなく、一時的な赤字を受け入れてでもシェアを取りに行く「時価総額(期待値)」の発想かもしれません。

現地の行政機関の皆さんに期待したいのは、「お膳立て」より「大きな旗」です

こういう話をすると、「では現地の行政機関の支援はどうなっているんだ」という議論になりがちです。でも、行政機関の皆さんの努力を否定したいわけでは、まったくありません。これほど手厚く日本企業を応援し続けている機関は、世界を見渡しても珍しいと思っています。

それでも、現場にいる者として、正直にお伝えしたいことがあります。

「個社の製品を並べるだけの支援から、そろそろ一歩踏み出してみませんか?」

足りていないのは「技術」ではなく、その技術をタイという文脈に乗せて語る「大きなストーリー」と、日本本社が腹を括って投資するための「勝つためのプレイブック(戦略)」だと感じています。

いまの展示会中心の支援(ジャパン・パビリオンなど)は、民間企業でもできる「場所の提供」にとどまっています。現地の行政機関にしかできないこと、そして現場が一番必要としていることは、「タイの社会課題と日本の技術をつなぐ、大きなストーリーの設計」ではないでしょうか。

現地の行政機関に期待したい「3つの役割」

「点」の紹介から「面」の戦略へ

個社の製品を1つずつ紹介するのではなく、「タイの少子高齢化を、日本の介護DX連合がこう解決する」「タイの農業を、日本の衛星データとAIがこう変える」。そんな国家レベルのパッケージを、大きなストーリーとしてタイ政府や財閥に届けてほしいのです。

「市場のルール」を書き換える交渉を

民間1社ではとても動かせない、規制緩和や標準化の交渉こそ、行政の出番だと思います。日本の技術が根付きやすい「土壌」をGtoG(政府間交渉)でつくること。それが、企業が本当に求めている支援の形かもしれません。

「自立」を促す、厳しさも持った支援へ

「無料だから」と便乗する企業を横並びで支援するのではなく、本気で市場をつくる覚悟のある企業を戦略的に選んで、後押しする。そんな「優しさの中に厳しさ」のある支援に変わっていくといいなと、個人的には思っています。

物語の上で、本気の勝負をしよう

現地の行政機関が「大きなストーリー(市場の文脈)」を語り、私たち民間の支援者が「勝つためのプレイブック(戦略)」を描き、そして企業が「本気の投資(覚悟)」を持ち込む。

この3つが揃ってはじめて、日本のテック企業はタイで「日系村の便利屋」を卒業して、社会を動かす「なくてはならないパートナー」になれると思っています。

「日本の技術はいいですよ」と製品を並べるだけの屋台は、もうおしまいにしましょう。

AIという「嵐」の中で、タイ市場はどう変わるのか

2026年、議論を避けて通れないもうひとつのテーマがあります。AIの爆発的な普及です。

正直なところ、これが何をどこまで変えるかは、誰にも断言できません。でも、タイのテック市場に関わる者として、「追い風」と「向かい風」くらいは整理しておきたいと思っています。

追い風(フォローウィンド)

「リープフロッグ」がもう一段跳ぶ

タイはもともと、PCを飛ばしてスマホに移行した国です。その「一足飛び」が、AI時代にもう一度起こる可能性があります。レガシーシステムが少ない分、AI前提の新しい仕組みをゼロから導入しやすい。これは日本よりもタイの方が有利な点かもしれません。

SaaSの開発コストが下がり、参入障壁も下がる

AIによってSaaSの開発コストが急速に下がっています。これはつまり、中小規模の日本のテック企業でも、タイ向けにローカライズされたプロダクトを以前より低コストで作れるようになる、ということです。「タイ仕様に直すコストが高すぎる」という言い訳が、少しずつ通じなくなってきます。

AIで「言語の壁」が薄くなる

営業資料のタイ語翻訳、カスタマーサポートの多言語対応、契約書のローカライズ——これまで「コストと時間がかかる」と敬遠されてきた作業が、AIによってかなり楽になってきています。現地化のハードルが、確実に下がっています。

向かい風(アゲインストウィンド)

「UIの価値」が崩れていく

AIエージェントが普及すると、人間はSaaSのUIを直接触らなくなっていきます。そうなると、「使いやすいUI」「丁寧なサポート」という日本製品の強みが、そのままでは差別化にならなくなってしまう可能性があります。

グローバルAIプラットフォームが「土台」を先に抑える

OpenAI、Microsoft、Googleといったプレイヤーが、AIエージェント経由でエンタープライズの業務フローに直接入り込んでいます。慎重に様子を見ている間に、グローバル企業が市場の標準を作ってしまうリスクは、AI時代においてより速く、より大きくなっています。

カオスの中では「顔が見える企業」が勝つ

市場がカオス化すると、顧客は「誰を信じるか」で選ぶようになります。タイの市場でまだ存在感を出せていない企業にとっては、カオスの中で埋もれるリスクの方が大きいかもしれません。だからこそ、今のうちに顔を作っておくことが大切です。

AIの時代を目前に、「今」が分岐点

AIが市場を書き換えるスピードは、これまでの比ではありません。だからこそ、「今すぐ動いている企業」と「様子を見ている企業」の差が、数年後に取り返しのつかない差になる可能性があります。

今回の記事では、私がタイの現場で日系IT企業の挑戦を支援し続ける中で、ずっと胸の中にあった『もどかしさ』を、あえて言葉にしてみました。

少し生意気な表現になってしまっていたかもしれませんが、それは日本のテクノロジーがタイの社会を変えられると心の底から信じているからです。

今の『物見遊山』のような進出から、タイを動かす『大きな物語』に変えていくために現地の行政機関の皆さんも、進出企業の皆さんも、一緒に新しいアプローチを仕掛けてみませんか。ICHI mediaの専門スタッフがお手伝いさせていただきます。

Charlie