― 急拡大するインバウンドと、人手不足の現実 ―
業界が一堂に会するという「異変」
2026年12月に東京で初開催される「ホスピタリティテックEXPO」の開催説明会に参加してきた。説明を聞きながら強く印象に残ったのは、展示される技術やソリューションそのものよりも、「なぜ今、展示会という形式が必要になったのか」という点だった。
展示会とは、単なる製品発表の場ではない。個々の企業が自助努力だけでは解決できない課題に直面し、業界全体として方向性を共有する必要が生じたときに立ち上がるものだ。今回の展示会は、日本の観光・ホスピタリティ産業が、もはや部分的な改善では立ち行かなくなったことを自覚し始めた象徴だと感じた。
成功の裏側で進む、静かな限界
日本のインバウンド市場は、ここ数年で劇的に拡大している。2025年には訪日外国人が約4,000万人に達し、消費額は9兆円を超えると見込まれている。この数字だけを見れば、日本の観光産業は「成功産業」と言ってよい。
しかし、その成長を現場が十分に受け止められているかというと、答えは必ずしも肯定的ではない。宿泊施設や飲食店では慢性的な人手不足が続き、繁忙期にはサービス品質の維持が難しくなる。外国人観光客への対応が追いつかず、現場の負荷は確実に高まっている。
市場は拡大しているのに、現場は疲弊している。このギャップこそが、今の日本の観光産業が抱える本質的な問題である。
製造業と比べて見えてくる、人手不足の「質」
人手不足は日本の多くの産業に共通する課題だが、観光・飲食・宿泊分野のそれは、製造業とは性質が異なる。製造業では、工程の標準化や設備投資によって人への依存度を下げる余地がある。一方で、観光産業はそう単純ではない。
多国籍の顧客対応、時間帯によって大きく変動する需要、そして「体験価値」や「感情価値」を含むサービス提供。これらは人の関与を前提とした要素であり、単純な自動化が難しい。だからこそ、同じ人手不足でも、観光産業では問題がより深刻な形で表面化しやすい。
成長産業ほど変われなかったという教訓
日本の観光産業は長年、「人によるサービス」で成立してきた。需要が安定している間は、それで十分に回っていた。しかし、インバウンド需要が一気に拡大したことで、その前提は崩れた。
好調な時期ほど、変革は後回しにされがちだ。結果として、業務設計やDXへの投資が遅れ、需要が急増したタイミングで一気に限界が露呈した。この構造は観光業に限らず、多くの成長産業が経験してきたものでもある。
観光DXが直面する現実
近年、「観光DX」という言葉は急速に広まっている。しかし現場では、DXをITツールの導入と同義に捉えてしまうケースも少なくない。システムを入れたものの、使いこなせず、かえって業務が複雑化する例も見られる。
本来のDXとは、人を減らすことではない。人が担うべき役割を見直し、より価値の高い業務に再配置することである。ツールはあくまでそのための手段にすぎない。
飲食業界の事例が教えてくれること
日本の飲食業界では、モバイルオーダーなどのデジタル施策が進んでいる。成果を上げている事例に共通するのは、導入そのものではなく、その後の使い方だ。
注文業務を減らすことで生まれた余力を、接客や提案、客単価向上といった付加価値の高い業務にどう振り向けるか。人時売上や回転率を可視化し、感覚ではなくデータで人の配置を考える。この発想は、製造業における工程改善と本質的に同じである。
なぜこの話は、タイの製造業読者にも関係があるのか
ここまで観光産業の話をしてきたが、本質は産業DXの話である。タイでも観光産業は製造業に次ぐ基幹産業であり、今後も成長が見込まれている。一方で、人手不足や現場依存といった課題は、すでに顕在化しつつある。
日本は少し早くその壁に直面したに過ぎない。日本の観光DXは、完成形ではなく、試行錯誤の過程そのものが学習素材だと言える。
タイは、より良いスタート地点に立てる
タイはスマートフォンの普及率が高く、キャッシュレスへの抵抗も少ない。若い労働人口を抱え、製造業DXを通じて得た知見もある。日本が遠回りした分、より合理的な設計を最初から描ける可能性がある。
製造業で培ったDXの考え方を、観光産業にどう転用するか。その視点こそが、今後の競争力を左右する。
観光DXは、すべての産業への問いかけ
「ホスピタリティテックEXPO」の初開催は、日本の観光産業が転換点に立っていることを示している。しかし、そこで問われているのは観光業だけの問題ではない。
成長している産業ほど、問題は後から一気に表面化する。日本で起きていることを他人事として眺めるのか、それとも自分たちの未来として考えるのか。その選択が、これからのDXを左右していく。
— Charlie